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漫画と音楽が高度に融合したアート - ふかさくえみさんの紙巻きオルゴール漫画『蒼海ドロップス』を体験してきた

それは、漫画と音楽が高度に融合した、アートとでも呼ぶべきものだった。

去る8月10日(土)に『「ミエルレコード with OTOWA」展 at SHIBUYA PUBLISHING BOOKSELLERS』を見てきた。きっかけはふかさくえみさんのブログ。「紙巻きオルゴール」なるもので漫画を描いた、とあり、それはいかなるものであるか気になったからである。夏コミ1日目の終了後に渋谷の道玄坂を登って展示会場の書店まで足を運んだ。

通常のオルゴールは金属の円筒についたピンが櫛状の板をはじくことにより音が出る。一方、紙巻きオルゴールは紙でできたシートの穴に本体のピンが反応することにより音が出る、とのこと。通常のオルゴールであれば鳴らせるメロディーはひとつだけだが、紙巻きオルゴールはシートを差し替えることによって異なるメロディーを鳴らすことができる。しかも、シートは紙であるため、穴をあける道具があれば誰でも作ることができる、というものだ。

展示会場には7人のクリエイターによる作品が展示されており、実際にシートを差し替えてオルゴールを鳴らすことができるようになっていた。いずれも素敵な作品であったが、中でもふかさくさんの作品『蒼海ドロップス』は飛び抜けて素晴らしかった。会場では紙巻きオルゴール本体やシートも販売されており、この素晴らしさを再び味わいたくて1セットを購入した。

販売されていたシートは短冊状にミシン目が入った一枚紙であり、短冊をつなげることによりひとつの作品シートになった。まずは一枚紙のシートをミシン目でバラバラにし――

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裏面をテープでつなぎ合わせ――

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長い一本の作品シートにして――

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紙巻きオルゴールにセットする。あとはオルゴール本体の取っ手を回せば――

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作品シートが奥へと進んで音が鳴る。これで作品を楽しむことができる。

さて、ここからはふかさくえみさんの作品『蒼海ドロップス』について記していこう。少女に降ってきた一粒の青いドロップス。そして目の前に現れた、どこかで見たことのある小さい女の子。少女は小さい女の子に手を引かれて海へ飛び込み、その奥であるものを見つける――というあらすじの作品である。

この作品の素晴らしさは、シートに開けられた音を鳴らすための穴が漫画的にも意味を持つ点にある。タイトルにもあるドロップスという物そのものはもちろん、放物線の軌跡、放射状の光、道路の縁石、水中の泡、花火や提灯などお祭りの光などなど、様々なものが穴により「描かれて」いる。ものによって穴の形が丸型、星型、四角型、菱型と異なる点にもこだわりが見えよう。また、穴は時にフキダシの中にも開けられており、何らかの言葉を示唆しているように見える。

このシートを鳴らしてみたらどうなるか。物が落ちてくる時のコロンとした音、光りものがキラキラする音、道路を駆け下りていく軽快な音楽、海の底へとゆっくり潜っていく幻想的な音楽、お祭りのにぎやかで楽しげな音楽――。シートに開けられた穴が、まさにその図像にピッタリの音となるのである! そして、フキダシの中に開けられた穴は、オルゴールによって音となる時、あたかもそのフキダシの主が本当に話しているかのような感覚を与えてくれるのである!

これらの漫画と音は見事に同期する。前述したように、紙巻きオルゴールは取っ手を回すと作品シートが奥へと進んで音が出る。つまり、シートの穴(およびそれが「描かれた」漫画の場面)は、オルゴールの音を鳴らすとほぼ同時に、オルゴールの奥から図像としても現れるのである。紙巻きオルゴールはその仕組み上、漫画に音を乗せることを得意とする装置と言えるだろう。

かくして、オルゴールが奏でる音と、少女の不思議な体験を描いた漫画は、重なりあってひとつの作品となる。優しい音は少女の幼き日の思い出と重なって、受け手に胸の奥がチクリと痛むようなノスタルジーを強く想起させる。思い出を取り戻した少女が見せる感激の笑顔は、エンディングの落ち着きながらも明るいメロディと相まって、心温まる「読後感」を与えてくれる。これは漫画付きの音楽でも、音楽付きの漫画でもない。漫画と音楽が高度に融合した、まさにアートとでも呼ぶべき作品だろう。しかも、この作品は受け手がオルゴールを能動的に回すことによって初めてその本当の姿を現すものであり、ある種のインスタレーションアートと言うことができるかもしれない。

作者のふかさくさんは昔から、新たな表現のルールを取り入れたり、いくつかの表現ルールを駆使した作品が光る作家であった。Flash漫画『マルラボライフ』ではストーリーに分岐を作ったりキャラや漫符ダイナミックに動かしたりと、漫画にゲームやアニメの作法を取り入れた。ケータイコミック『よもぎ町パンタグラフ』にも、狭い画面とチープな表現エンジンという制約はあったものの、その心が込められていたと言えよう。また、最近の同人誌『きらきらアスパラガス』では、発行当時に巻き起こっていた漫画の縦書き右綴じ・横書き左綴じ議論を受けてか、縦書きと横書きでそれぞれに描かれた物語が中央で合流するというトリッキーな漫画を描いている。

今回の『蒼海ドロップス』も、このような表現ルールの駆使の延長線上に位置づけられる作品と言えよう。私は、ふかさくさんが今回の展示向けに作品を作ると聞いた時、単純な作品を作るはずがないと確信していた。人間がその頭の中に構築している漫画を読むルールと、紙巻きオルゴールが音を奏でる仕組み(これもひとつのルールである!)を巧みに駆使した作品を見せてくれると信じていた。現実はその信頼通り、いやそれ以上であった。ふかさくさんの、漫画を拡張していく漫画表現の数々には、いつもただただ驚かされるばかりである。

『蒼海ドロップス』を始めとする紙巻きオルゴール漫画は、8月18日(日)までSHIBUYA PUBLISHING BOOKSELLERSにて展示されるとのこと。また、同日開催のCOMITIA105では、ふかさくさんのスペース《すこやかペンギン》にてオルゴールセットが頒布されるとのこと。興味を持たれた方はぜひ会場まで足を運んでほしい。そして、実際にオルゴールを演奏して作品を体験してほしい。